大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1053号 判決 1959年4月30日

控訴人(第一審原告) 近藤常吉 外一一名

被控訴人(第一審被告) 日東電気工業株式会社 外一名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用はこれを折半し、その一を第一審原告等の負担とし、他の一を第一審被告及び参加人両名の負担とする。原判決添付図面の<い><ろ>等の位置方位の説明文について、

<い>の説明文中「中心点の東南三尺」とあるのを「中心点の西南三尺」と、「本村橋通りを東南に」とあるのを「本村橋通りを西南に」と、

<に>の説明文中「公道沿いに東南八間」とあるのを「公道沿いに西南八間」と、

<ほ>の説明文中「公道沿いに東南十七間八分」とあるのを「公道沿いに西南十七間八分」と

各更正する。

事実

第一審原告等代理人は、昭和二十九年(ネ)第一〇五三号事件について、「原判決中第一審原告等敗訴の部分を取り消す。第一審原告等に対して原判決添付目録記載の(イ)(ロ)の土地(同添付図面表示のとおり)を引き渡し且つ右土地について昭和二十二年一月二十二日附売買を原因とする所有権移転登記手続をなせ。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告及び参加人の負担とする。」との判決並びに土地引渡を求める部分について仮執行の宣言を求め、昭和二十九年(ネ)第九四五号事件について「本件控訴を棄却する」との判決を求めた。第一審被告及び参加人の各代理人は、昭和二十九年(ネ)第一〇五三号事件について「本件控訴を棄却する」との判決を求め、同第九四五号事件について、「原判決中第一審被告敗訴の部分並びに訴訟費用の負担を命じた部分を取り消す。第一審原告中川、伊東、堤名三の予備的請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも右第一審原告等の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方並びに参加代理人の陳述した事実上の主張は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

第一審原告等代理人は次のとおり述べた。

一、第一審原告渡辺忠正は昭和二十八年三月十日死亡し、その相続人渡辺寛治、渡辺くま、渡辺勝治、尾代花枝、西川孝子、渡辺沢子のうち渡辺寛治を除く他の五名は東京家庭裁判所に相続放棄の申述をなし、右申述は同年七月十四日受理されたので、渡辺寛治が単独で渡辺忠正の相続をなして、本件土地に関する権利義務を承継した。

二、第一審原告中川及び堤の賃借権について。

(イ)、参加人は第一審原告中川及び堤両名の賃借権は第一審被告が賃貸借契約の更新拒絶権を行使したから、昭和三十一年九月十四日賃貸期間の満了とともに消滅したと主張するけれども、第一審被告の右契約更新拒絶の意思表示はその効力を生じない。その理由は次のとおりである。元来借地法第六条所定の賃貸借契約の更新拒絶(異議権)は土地の真の所有者に与えられた権利であるところ、本件においては第一審原告等は本件土地の所有権は第一審原告等にあると主張し、第一審被告は本件土地の真の所有者は参加人である旨主張しているから、いずれにしても第一審被告は本件土地の真の所有者ではない。してみれば第一審被告は本件土地賃貸借契約の更新を拒絶する権利はないのであるから、参加人の主張は右法条の解釈及び適用を誤つたもので、第一審被告の契約の更新拒絶の意思表示は何等効力を生じないものである。

(ロ)、そもそも賃貸借は、民法第六〇一条によつて明らかなとおり、賃貸物の使用収益を目的とするものであるから、賃貸人は賃借人に対して目的物の使用収益をさせるためにこれを賃借人に引き渡さなければならないし、また第三者が賃貸物について妨害をするときはこれを除去して賃借人が目的物の使用収益をするのに支障がないようにする義務を負担している。従つて賃貸人が賃借人に対し賃貸物の引渡を拒否したり又は第三者と共謀して賃借人の使用収益を妨害し賃貸借をなした目的を達成することができないような場合には、賃貸期間は進行しないか又は停止すると解するのを相当とする。蓋し賃貸期間は賃貸借の目的を達成する存続期間を指称するからである。このことは戦時罹災土地物件令第三条第一項及び罹災都市借地借家臨時処理法第三〇条の法意からみても正当である。

(ハ)、以上の見解を本件に徴し賃貸借の期間を検討するに、第一審原告中川及び堤の旧借地はいずれも東京都土地区画整理のため昭和二十二年十二月五日それぞれ本件土地が換地予定地として指定せられたが、第一審被告は右第一審原告等に引き渡さないばかりでなく、参加人と共謀して右第一審原告等の使用収益を妨害する目的で参加人にその占有を移転する虞があつたから、第一審原告等は東京地方裁判所に対し昭和二十二年十二月二十九日第一審被告を相手方として占有移転禁止の仮処分を申請し、その旨の決定を得てこれを執行した結果、右借地は同裁判所執行吏の保管に移された。その後昭和二十九年三月十二日右第一審原告等は第一審において「第一審被告は第一審原告等に対しそれぞれ右借地を引き渡せ。」との判決言渡を受け右判決には仮執行の宣言が附された。ところが、第一審被告は同年五月十三日右判決について執行停止決定を得たため、右第一審原告等は右土地の使用収益ができないままで現在に至つている。このような場合には前記(ロ)で主張した理由によつて賃貸期間の残存期間は換地予定地の指定の日以降その進行を停止していると解すべきである。従つて、右第一審原告両名の借地権の残存期間の進行は罹災都市借地借家臨時処理法施行の日からでなく、第一審被告が借地権者にその借地を引き渡した日から起算すべきものであるから、右第一審原告両名の借地権の期間はなお十ケ年残存する。

(ニ)、以上の主張が理由がなく、第一審被告に賃貸借契約更新の拒絶権があり、また賃貸期間が進行するとしても、その拒絶権の行使は権利の濫用である。すなわち、第一審被告は借地権者である右第一審原告両名に対しいずれもその借地の引渡をなさず、これを使用収益することができない状態のまま約十ケ年間経過したところ、第一審被告は賃貸期間が満了したとの理由で契約の更新を拒絶するのは、自己の義務不履行を棚上げしておいて権利のみを行使するのであつて、信義則に違反し権利行使の適法な範囲を逸脱している。従つて第一審被告のなした契約更新拒絶の通告は何等その効力を生じない。

四、原判決添付の図面中<い><ろ>等の位置方角の説明文中主文第三項記載のような明白な誤りがあるのでその旨の更正を求める。

参加代理人は次のとおり述べた。

一、第一審原告中川の賃借権について。

仮りに、第一審原告中川がその主張の本件宅地部分に賃借権を有するとしても、右賃借権は大正十二年六月堅固でない建物の所有を目的とし期間を定めずに締結された賃貸借契約に基くもので、その地上建物は昭和二十年五月二十四日戦災により焼失した。従つて、罹災都市借地借家臨時処理法の施行期日である昭和二十一年九月十五日現在において第一審原告中川の賃借権の残存期間は十年未満であつたから、同法第十一条により右残存期間は十年とされ昭和三十一年九月十四日を以て右期間は満了することとなつた。ところで、賃貸人である第一審被告は第一審原告中川に対して昭和三十一年三月十二日賃貸借契約更新拒絶の意思表示をなしたが、第一審原告中川はその後何等の意思表示もしないで、右宅地は空地のまま現在に至つている。第一審被告は右のとおり期間満了以前に予め賃貸借契約更新の意思表示をしたのであり、期間満了当時は控訴審において本件訴訟手続が進行中で第一審被告は第一審原告中川に対し右宅地の引渡を争つていたから、借地法第六条所定の異議は述べたことになる。そして第一審被告が右異議を述べるについては、後記三において主張するとおり正当の事由があるから、第一審原告中川の賃借権は昭和三十一年九月十四日期間の満了によつて消滅したものである。

二、第一審原告堤の賃借権について。

仮りに、第一審原告堤がその主張の本件宅地部分に賃借権を有するとしても、右賃借権は大正十二年六月堅固でない建物の所有を目的とし期間を定めずに締結された賃貸借契約に基くもので、その地上建物は昭和二十年五月二十四日戦災により焼失した。従つて第一審原告中川の場合と同様の理由により右賃借権は昭和三十一年九月十四日を以て賃貸期間が満了することとなつた。ところで賃貸人である第一審被告は第一審原告堤に対し昭和三十一年三月十三日賃貸借契約更新拒絶の意思表示をなしたが、第一審原告堤はその後何等の意思表示もしないで、現在に至つている。しかし第一審被告は右のとおり期間満了以前に予め賃貸借契約更新拒絶の意思表示をしたのであり、しかも期間満了当時控訴審において本件訴訟手続が進行中であつたから、第一審原告堤の土地使用の継続に対して借地法第六条所定の異議を遅滞なく述べたものと認めらるべきである。そして第一審被告が右異議を述べるについては、後記三において主張するとおり正当の事由があるから、第一審原告堤の賃借権は昭和三十一年九月十四日期間の満了によつて消滅したものである。

三、借地法第六条所定の異議を述べるについての正当の事由について。

第一審被告は第一審原告中川及び堤の各借地を含む本件土地を昭和二十二年二月十四日参加人に売り渡す契約をなしたので、その所有権移転登記手続をしようとしたところその直前に第一審原告等は第一審被告を相手方として本件土地につき処分禁止の仮処分の執行をしたので、右登記手続は未だなされないままになつているけれども、右所有権移転登記を経由しているならば、第一審原告中川及び堤はいずれもその賃借権を以て参加人に対抗しえない関係にあるのであり、第一審被告は参加人に対し本件土地の所有権を完全に移転する義務があるのである。従つて、第一審原告等主張の売買による本件土地の所有権が否定せられ、第一審被告から参加人に対する本件土地の売買が有効となる以上は、第一審被告が第一審原告中川及び堤に対してなした賃貸借契約の更新拒絶又は土地使用に対する異議は、正当の事由ある場合に当るものである。

四、第一審原告等主張の前記一の事実は認める。

当事者双方及び参加代理人の証拠の提出援用及び認否は、左記の外は、原判決の摘示と同一であるからここに引用する。

第一審原告等代理人は、甲第四十号証の一、同号証の二の(イ)ないし(ニ)、第四十一号証、第四十二号証の一、二、第四十三号証、第四十四号証の一、二を提出し、当審証人凪か代子の証言及び当審における第一審原告近藤常吉、中川捨松の各本人尋問の結果を援用し、第一審被告代理人は、原審(第二回)及び当審における佐藤繁行、当審証人菅原秀一の各証言を援用し、参加代理人は、当審証人康鳴球の証言を援用し、第一審被告代理人及び参加代理人は甲第四十号証の一、同号証の二の(イ)ないし(ニ)、第四十一号証の成立は不知、当審で提出されたその余の甲各号証はいずれも成立を認めると述べたほかは、原判決の摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

第一審原告等の第一次請求の当否について先ず判断する。

原判決添付目録(イ)及び(ロ)の土地(同添付図面表示のとおり、以下本件土地という)が第一審被告の所有に属していたこと、第一審原告中川及び堤の両名が右(イ)の土地の一部にそれぞれ賃借権を有し家屋を建てて住んでいたこと、(ロ)の土地は第一審被告自ら使用していたこと、昭和二十年五月二十四日戦災により(イ)(ロ)の地上建物がすべて焼失したこと、その後第一審原告伊東が(イ)の土地の焼跡の一部に防空壕をつくつて住んでいたことはいずれも当事者間に争がない。

第一審原告等は第一審被告から本件土地を買い受けその所有権を取得した旨主張するので判断する。いずれもその成立に争のない甲第三号証、乙第七号証、第八、第九号証の各一、原審における第一審原告近藤常吉の本人尋問(第二回)の結果により成立を認める甲第四号証及び第二十八号証の一ないし三の各記載並びに原審(いずれも第一、二回)及び当審における第一審原告本人近藤常吉、中川捨松、原審における第一審原告本人伊東健次郎、第一審被告会社代表者鎌居大蔵の名供述中、第一審原告等の右主張に添う趣旨の部分は後記の各証拠に照して信用ができない。他に第一審原告等主張の売買契約成立の事実を認めるに足る証拠はない。もつとも、第一審被告が株式会社日立製作所の管財部の菅原秀一を通じて第一審原告等と本件土地売買の交渉をしたことは当事者間に争がなく、また上記甲第三号証(右記載内容中前記信用しない部分を除く)、いずれも成立に争のない同第七、第八号証の各一、二、乙第一号証の三ないし六、第二号証、第七号証、第八、第九号証の各一、二(乙第七号証、第八、第九号証の各一の記載内容中前記信用しない部分を除く)、原審(第二回)及び当審における第一審原告本人近藤常吉の尋問の結果によつて成立を認める甲第十一、第十二号証、原審(第二回)における右第一審原告本人近藤常吉の尋問の結果により成立を認める同第四号証、原審証人菅原秀一の証言(第一回)により成立を認める乙第一号証の一、二、同証人の証言(第二回))により成立を認める同第三号証、第四号証の一、二及び丙第一ないし三号証、第五号証と原審(第一、二回)及び当審証人佐藤繁行、原審(第一ないし第三回)及び当審証人菅原秀一、当審証人康鳴球の各証言、原審(第一、二回)及び当審における第一審原告近藤常吉、中川捨松、原審における第一審原告伊東健次郎、第一審被告会社代表者鎌居大蔵の各尋問の結果(以上いずれも前記信用しない部分を除く)を綜合すると次の事実を認めることができる。

第一審被告は終戦後本件土地を他に売却しようとして、昭和二十一年七、八月頃その親会社である株式会社日立製作所の管財部の菅原秀一に対し適当な買受希望者を探して売買条件に関する交渉を進めてくれるように依頼した。そこで菅原は右依頼に基いて同年十一月中参加人から本件土地買収の申込を受けて売買条件についての交渉を進めていた。これより先同年十月半頃第一審原告中川及び伊東の両名は第一審被告の東京出張所に到り、特別都市計画法施行令による賃借権に関する権利申告書に土地所有者としての捺印を求めた際、第一審被告の代表者鎌居大蔵から、本件土地を従前借地していた者に相当価格で売却してもよい旨を聞かされたので、右両名は是非買い受けたいと考えていた。第一審原告近藤も本件土地の買受を希望し、同年十二月中旬頃第一審原告渡辺の紹介で第一審被告の東京出張所主任佐藤繁行に面会し、同人から本件土地の売買に関する交渉は前記菅原秀一とせられたい旨を告げられたので、その頃右菅原を訪ね、本件土地は是非地元関係者に売却せられたいと申し入れた。菅原は、すでに参加人との間に売買の交渉がすすめられているので、それが打ち切りになるようなら相談に乗る旨を答え、第一審原告近藤もこれを諒承して帰つた。次いで、右近藤は第一審原告中川、伊東等と協議の上本件土地を共同で買う方針を定め、昭和二十二年一月二十二日右三名は菅原を訪ね再び本件土地を地元関係者に売つて貰いたい旨を申し入れたが、菅原は当時参加人との売買交渉が進行中であつたため、これをさし措いて第一審原告等に売り渡すことはできないが、参加人との売買交渉が打ち切られたときは、現に本件土地の一部を賃借中の第一審原告中川、伊東等に優先的に売るように取り計らう旨を答えた。菅原は更に近藤等より第一審原告等に売る場合の代金や支払方法その他の売買条件をこまごまと執拗に聞かれたので、売買代金は坪当り五百三十円、手附金として封鎖預金で十万円、残金は二週間以内に現金で支払を受けることを希望する旨を答え、なお第一審被告は特別経理会社で本件土地を売却するについては、大蔵大臣の許可を受けることが必要であるが、その場合個人で買い受けるよりも組合で買い受ける方が許可手続が円滑に行くから、組合を作つて組合名義で買うことにしてもらつた方がよい旨を示唆した。その後第一審被告と参加人との間の売買交渉は坪当り単価や本件土地の一部についての借地権処理の問題で容易に進捗しなかつたけれども、参加人において本件土地の買受申込を撤回する意思がないことが明らかとなつたので、昭和二十二年一月三十日第一審原告等が売買契約の締結を急いで再び菅原を訪ねてきた際、菅原は右近藤等に対して、参加人との売買交渉を打ち切るわけに行かないから本件土地を買うことは締めてほしいと告げた。そして第一審被告は同年二月十四日参加人との間に本件土地を代金二十五万四千一百六十円七十銭で正式に売買契約を締結した。

右に認定した事実によれば、第一審被告から本件土地の売買に関し買受希望者との折衝を依頼された菅原が、先口買受希望者である参加人と売買条件等について交渉中、地元関係者であり本件土地の買受を切に望んでいた第一審原告近藤、中川、伊東等に対し、当時進行中の参加人との売買交渉が打ち切られた地元関係者等に売却することとなつた場合の第一審被告会社の売買代金やその支払方法に関する希望条件を述べ、且つ右売買の際の手続的事項を示したまでのことであつて、第一審原告等と第一審被告との間に本件土地の売買成立とまでは到らなかつたものであると認められる。してみると、売買契約の成立を前提とし本件土地の所有権移転登記手続とその引渡を求める第一審原告等の第一次請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことが明らかであるから棄却を免れない。

よつて第一審原告中川、伊東及び堤三名の予備的請求について判断を進める。

(一)  第一審原告中川の賃借権について。

上記認定のように、第一審原告中川がかつて原判決添付目録記載の(イ)の土地のうち四十坪(同添付図面表示の(A)の部分)について賃借権を有し右地上に建物を建ててこれに住んでいたが、昭和二十年五月二十四日戦災のため右建物が焼失したことは当事者間に争がない。

第一審被告及び参加人は、「第一審原告中川の賃借権は戦災直後存続期間が満了し、新に第一審原告中川と第一審被告とは、第一審被告が本件土地を他に売り渡したときは即時明け渡す条件で一時の使用を目的とする賃貸借契約を締結したところ、第一審被告は昭和二十二年二月十四日本件土地を参加人に売り渡し、この売買契約は同年十二月六日大蔵大臣の許可によつて効力を生じたので、第一審原告中川の右賃借権は消滅した。」旨主張する。原審証人佐藤繁行の証言(第一回)中には右主張を裏付ける証言があるけれども、後記の証拠に照して信用できない。他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。反つて、いずれも成立に争のない甲第一号証、第十五号証、第十九、第二十号証、第三十二号証、乙第六号証の一、二、丙第九号証、第十二号証、第一審被告作成名義の部分の成立に争なくその余の部分については原審(第二回)及び当審における第一審原告中川捨松の本人尋問の結果により成立を認める甲第二十二号証、原審証人菅原秀一の証言(第二、三回)及び当審証人康鳴球の証言により成立を認める乙第三号証と、原審(第一、二回)及び当審証人佐藤繁行(但し後記信用しない部分を除く)原審証人照井源治、原審(第一ないし第三回)及び当審証人菅原秀一、当審証人康鳴球の各証言並びに原審(第一、二回)及び当審における第一審原告中川捨松の本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

第一審原告中川は大正十二年六月前記の土地四十坪を当時の所有者竹内方豊から堅固でない建物の所有を目的として賃貸期間を定めないで賃借し、昭和九年九月頃第一審被告が右土地を買い受けてからも引き続き同被告から賃借してきた。第一審原告中川は戦災を受けた後、本件土地が特別都市計画法による区画整理施行地区に編入されたため、昭和二十一年十月中東京都長官宛に前記土地四十坪の賃借権に関する権利申告書に土地所有権者である第一審被告と連署して提出し、またその頃第一審被告に対し昭和二十一年度分の賃料として金百五円を支払い且つ権利金名義で金二千円を支払い、引き続き賃借する意思のあることを明らかにした。第一審被告もその頃本件土地所有権に関する申告書を東京都長官宛に提出したが、右申告書中に第一審原告中川が前記四十坪の土地について賃料一ケ年百五円、大正十二年六月以降期間の定めのない賃借権を有する旨を記載して申告した。そして第一審被告が参加人と本件土地の売買契約を締結した際も、参加人に対し右賃借権の存在することを確認し現況のままこれを承継することを承諾させた。

以上のとおり認めることができる。前掲証人佐藤繁行の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照して信用することができない。他に右認定を妨げる証拠はない。

してみると、第一審原告中川は戦災後も引き続き前記四十坪の部分について賃料一ケ年金百五円、堅固でない建物の所有を目的とし期間の定めない賃借権を有していたものと認められるので、第一審被告及び参加人の前記主張は採用できない。

ところで、第一審原告中川の右賃借権は前記認定のとおり堅固でない建物の所有を目的とし賃貸期間については定めのないものであるから、借地法第二条によつてその期間は三十年とせられ、大正十二年六月契約締約のときから起算して三十年を経過した昭和二十八年六月中に期間満了となる筈のところ、昭和二十年五月二十四日戦災のため地上建物は焼失し、罹災都市借地借家臨時処理法の施行された昭和二十一年九月十五日当時においては右賃借権の残存期間は十年未満であるから同法第十一条により残存期間は十年とされ、昭和三十一年九月十四日期間満了によつて右賃借権は消滅するものといわなければならない。

第一審原告中川は、賃貸人である第一審被告において賃貸土地の引渡を拒否し賃借人の使用収益を妨害して賃貸借の目的を達成することができないようにしているので、その間は賃貸期間の進行は停止される旨主張するけれども、このような場合賃貸人が賃借人に対し債務不履行による損害賠償の責任を負担しなければならないことのあるのは格別、賃貸借の存続期間がその進行を停止すると解すべき法律上の根拠はないので右主張は採用できない。

後記認定のように第一審原告中川から本件訴訟が提起されて、第一審原告中川は本訴において前記四十坪の土地について賃借権のあることを主張し右土地の引渡を第一審被告に求める本件予備的請求をなしていたのであるから、第一審原告中川は昭和三十一年九月十四日以前から終始第一審被告に対し賃貸借契約更新請求の意思表示をなしていたものと認めるのを相当とする。ところで賃借権消滅の場合賃借人に契約の更新請求が認められるためには、借地上に建物があることを要することは借地法第四条の規定により明らかであるところ、第一審原告中川の賃借権について期間満了の昭和三十一年九月十四日当時その借地上に建物が存在しないことは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争がない。しかしながら、第一審被告は本件土地を占有して第一審原告中川に対しその引渡をしないので、第一審原告中川は第一審被告に対して昭和二十二年九月十一日東京地方裁判所(原審)に本件土地の売買を原因とする所有権移転登記手続とその引渡を求める本訴(第一次請求)を提起し、更に昭和二十四年十二月六日前記賃借権に基く前記四十坪の土地の引渡を求める訴(予備的請求)を追加して提起し、原審において右第一次請求は棄却されたが、予備的請求は認容せられて第一審被告は第一審原告中川に対し右四十坪の土地を引き渡すべき旨を命ずる判決が言い渡され右判決に仮執行の宣言が附されたけれども、昭和二十九年五月十三日控訴が提起せられ、申立によつて右仮執行宣言附判決に基く強制執行停止決定がなされたため、第一審原告中川は引き続き右土地の占有ができないまま、当審において本訴を追行中右賃貸借の存続期間が満了するに至つたものであることは、本件記録に徴して明らかである。してみると、賃貸人である第一審被告は賃借人である第一審原告中川に対し長期に亘つて右土地の引渡義務を履行せず、第一審原告中川が右地上に建物を建築することを妨げてきたものといわなければならない。このように賃貸人が長期に亘り借地権者に対して借地上に建物を建築することを妨げてきた場合賃貸期間満了の際建物が存在しないからといつて賃借人は契約の更新請求ができないと解するのは、著しく信義の法則にもとり借地法第四条の法意に副う所以でない。従つて第一審原告中川は契約の更新請求ができるものといわなければならない。

第一審被告が第一審原告中川に対してその主張のような更新拒絶の意思表示(異議)をなしたことは、第一審原告中川において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

よつて右更新拒絶について第一審被告及び参加人主張の正当事由の有無について判断する。前記認定のとおり第一審被告と参加人との間に締結された本件売買契約においては、第一審原告中川等の賃借権が存在することを買主たる参加人において確認しこれを現況のまま承継することを承諾しているのであるから、参加人において本件土地所有権の取得登記を経由した場合でも第一審原告中川はその賃借権を以て参加人に対抗しうる関係にあるばかりでなく、第一審被告が売主として参加人に対し本件土地の所有権移転登記手続をなすべき義務があつても、このような事由のみでは賃借人である第一審原告中川に対し賃貸借契約の更新を拒絶するについての正当の事由と認めることはできないので第一審被告及び参加人の右主張は採用できない。第一審被告のなした右更新拒絶の意思表示は何等その効力がなく、第一審原告中川の更新請求権の行使によつて前賃貸借契約と同一の条件を以て更に賃借権を設定したものとみなされ、その存続期間は借地法第五条第一項により二十年とせられる。従つて第一審原告中川は現在なお前記の土地について賃借権を有しているといわなければならない。

(二)  第一審原告伊東の賃借権について。

第一審原告伊東が原判決添付目録記載の(イ)の土地のうち四十三坪(同添付図面表示の(B)の部分)について現に賃借権を有しているものであることは、左記(イ)(ロ)の事項を追加するほかは、原判決がその理由の中で説示しているとおりであるから、原判決中右の部分――十九枚目(記録六二七丁)表四行目から二十枚目裏十行目まで――を引用する。

(イ)  事実認定の資料として成立に争のない甲第四十四号証の一、二及び当審における第一審原告本人中川捨松の尋問の結果を附加する。

(ロ)  原判決十八枚目(記録六二七丁)裏五行目に「住宅用敷地」とあるのを「堅固でない建物である住宅用敷地」と、同十九枚目(記録六二八丁)裏七行目に「店舖兼住宅所有のため」とあるのを「堅固でない店舖兼住宅所有のため」と各附加訂正する。

(三)  第一審原告堤の賃借権について。

第一審原告堤がかつて原判決添付目録記載の(イ)の土地のうち五十一坪(同添付図面表示の(C)の部分)について賃借権を有し右地上に建物を建てて住んでいたが、昭和二十年五月二十四日戦災のため右建物が焼失したことは当事者間に争がない。

第一審被告及び参加人は、戦時罹災土地物件令が廃止され罹災都市借地借家臨時処理法が施行された当時、第一審原告堤は何等賃借権保全の措置を採らず、本訴の提起まで第一審被告と何の交渉もしなかつたからその賃借権を放棄したとみるべきである旨主張するけれども、第一審被告が第一審原告堤に対して罹災都市借地借家臨時処理法第十二条第一項所定の期間内に賃借権を存続させる意思があるかないかを申し出るように催告したことを認めるにたる証拠はなく、その他第一審原告堤が右賃借権を放棄したと認めるにたる事実についてはなんの主張も立証もない。反つて、いずれも成立に争のない甲第四号証、第十四、第十五号証、第十九号証、第三十三号証の一、第三十四号証、乙第六号証の一、二、丙第十ないし第十二号証、当審証人凪か代子の証言により成立を認める甲第三十三号証の二、前掲乙第三号証と、原審(第一、二回)及び当審証人佐藤繁行(但し後記信用しない部分を除く)、原審(第一ないし第三回)及び当審証人菅原秀一、当審証人康鳴球の各証言並びに原審における第一審原告伊東健次郎、原審(第一、二回)及び当審における第一審原告中川捨松の各本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

第一審原告堤は大正十五年十月五日訴外内田晴吉から前記五十一坪の地上に建てられた建物を買い受け、当時の右土地所有者竹内方豊から右土地を賃料一ケ月金十円、堅固でない建物の所有を目的とし期間の定めなく賃借し、昭和九年九月頃第一審被告が右土地を買い受けてからも、引き続き同被告から賃借してきた。第一審原告堤は戦災後本件土地が区画整理施行地区となつたので、昭和二十二年三月十日附を以て東京都長官宛に前記五十一坪の土地について賃料一ケ月金十円とする賃借権を有する旨の権利申告書を提出し、また、第一審被告が参加人に対し本件土地を売却した際、参加人に対し右賃借権の存在することを確認し現況のままこれを承継することを承諾させた。

前掲証人佐藤繁行の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照して信用することができない。他に右認定を妨げる証拠はない。

してみると、第一審原告堤は罹災都市借地借家臨時処理法施行(昭和二十二年九月十五日)後も引き続き前記五十一坪の部分について、賃料一ケ月金十円、堅固でない建物の所有を目的として期間の定めのない賃借権を有していたものといわなければならない。従つてその賃貸期間は借地法第二条により三十年とせられ、賃貸借契約締結の大正十五年十月五日から起算して三十年を経過した昭和三十一年十月四日期間満了となること算数上明らかである。

第一審被告及び参加人は、第一審原告堤の賃貸借契約締結は大正十二年六月であるから罹災都市借地借家臨時処理法施行当時賃貸借の残存期間は十年未満で同法第十一条が適用される結果、昭和二十八年六月中に右期間が満了する旨主張するけれども、右賃貸借契約締結の日が大正十五年十月五日であることは前記認定のとおりであつて、右認定を覆して右契約の日が大正十二年六月中であることを認めるにたるなんの証拠もないので、右主張は採用できない。

(仮りに、第一審被告並びに参加人の右主張を認め、第一審原告堤の賃借権の存続期間の起算日が大正十二年六月中であるとしても、第一審原告堤の賃借権が現在存在することは後記説示のとおりである。)

なお、第一審原告堤は、賃貸人である第一審被告において賃貸土地の引渡を拒否し賃借人の使用収益を妨害し賃貸借の目的を達成することができないようにしているので、その間は賃貸期間の進行は停止される旨主張するけれどもこのように解すべき法律上の根拠がないことは前示(一)において説示したとおりであるので、右主張は採用しない。

ところで、第一審原告堤の賃借期間が満了した昭和三十一年十月四日当時、第一審原告堤から第一審被告に対し賃貸借契約更新請求の意思表示がなされたものと認むべきであること、当時右借地上に建物が存在しなくても更新請求権のあること、第一審被告において右更新請求に対して拒絶の意思表示(異議)がなされたが、これを拒絶するについて正当の事由が認められないことは、いずれも前示(一)の第一審原告中川の賃借権の存否について判断したところと同一であるからこれを引用する。

してみると、第一審原告堤の賃貸借更新請求権の行使によつて昭和三十一年十月四日前賃貸借の期間満了とともに同一条件を以て更に賃借権を設定したものとみなされ、その存続期間は借地法第五条第一項により二十年とせられる。(仮りに第一審被告並びに参加人主張のとおり第一審原告堤の賃借権の存続期間の起算日が大正十二年六月中であるとしても、第一審原告中川の賃借権についての判断のところで説示したと同一の理由により前賃貸借は更新せられたものと認められる。)従つて第一審原告堤は前記五十一坪の土地について賃料一ケ月金十円、堅固でない建物の所有を目的とする賃借権を現に有しているものといわなければならない。

上記(一)ないし(三)において説示したとおり、第一審原告中川、伊東、堤の三名はそれぞれ前記(A)(B)(C)の部分に賃借権を有するところ、第一審被告が現に右土地を占有していることは当事者間に争がなく、第一審被告が右土地を参加人に売り渡したにせよ、その所有権移転登記を経由していないことは第一審被告及び参加人の認めるところであるから、右賃借人である第一審原告三名に対する関係で、第一審被告はなお所有権者たる地位にあるわけで、従つて第一審被告は賃貸人として右三名に対しそれぞれ前記土地を引渡す義務があること明らかである。よつて右三名の本件予備的請求は理由あるものとして認容すべきである。

以上の理由により、第一審原告等の第一次請求を棄却し、第一審原告中川、伊東、堤三名の予備的請求を認容した原判決は相当で、当事者双方及び参加人からなされた本件控訴はいずれも理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項を適用してこれを棄却し、控訴費用の負担について同法第九五条、第八九条、第九二条、第九三条、第九四条を適用して主文第一項のとおり判決する。

なお原判決添付図面の<い><ろ>等の位置方位の説明文中に明白な誤りがあるので、主文第三項のとおりこれを更正することとする。

(裁判官 村松俊夫 堀真道 伊藤顕信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例